がくバカ日誌

「何かをしたい!」そんなあなたに送る志ブログ

僕が読書を大切だと思うようになった理由

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僕はあまり読書をしてきた人間ではない。


誇れるようなことではないけれども小さい頃は本嫌いだったし、二十歳を過ぎた今でも本を沢山読むほうではない。例えるなら一年間で読んだ本をすべていえるくらいしか読んでないと思う。しかし最近そんな僕が、


心の底から読書を大切だと思うようになった。


「本読むのはアタマよくなるよ~」みたいな一般論的な話ではなく、心の底からだ。

 

ニュース・本・ネット等々で得た情報をアウトプットしようと思ったとき。僕はあることに気が付いた。

ネットよりも本で得た情報の方が僕は、良い記事やレポートにできる。それはなんでだろうか・・・心のどこかでそんなことを考えはじめたのだ。


スマホが発達し、いつでもどこでもネットと繋がる時代になった。ニュースだって、知識だってググれば一発の時代に本から得るものなんてあるのか?そんな疑問も聞こえてきそうだ。

実際に先月、朝日新聞で目にした「大学生、読書時間ゼロが過半数 「読む」層は時間延びる」によれば半数以上の学生が読書時間ゼロという現状。読者をしないで生きている人も多いようだ。

 

それでも僕は読書が大切だと20歳を過ぎた今、思うようになった。それは

 

読書か体験でしか情報は自分のものにできないからだ。



前述したようにネットの情報というのは便利だ。短時間で多くの事がどこにいても得られる。一方、ネットの情報は気軽に読めるようにすることを第一に書いてある。


僕もブログをはじめて改めて実感した。ネットというのは帰りの電車、休み時間、寝る前・・・等々。ちょっとした空き時間で簡潔に情報を得たい時に頼るツールなのだ。

 

だからおのずと書き手も「簡潔に書く」ことを核とする。究極まで余分な情報を削ぎ落とし、"情報の結論までの一本道"のみを描くのだ。そのため背景も理由も、書き手の考えも多くは省略する。

だから受け手の我々もネットの情報は、概要的なものだけを見て鵜呑みにするしかない。つまり得られる情報が浅いのだ。浅い情報では



情報と対話ができない。


情報と対話をする。どんなことだろうか?

情報を得た上で思考し考え自分の意見を持つのだ。情報を受けるだけじゃなく、こちらからもアプローチするのだ。時には批判的に、時には肯定的に。それらが融合し独自の考えが生まれる瞬間も来るだろう。そして、、、

 


人に自分の考え・意見を交えて説明できるようになった時、はじめて情報は自分のものになる。

 

自分のものになった情報は強い。自分なりの強い信念を持ちながら発信できるからだ。
だからアウトプットする時、情報が自分のものになっていればいるほど深い発信ができる。

そのために必要なのが読書だ。

 

 

では何故、情報を自分のものにするために読書が必要なのか?

 

まず本というのは情報量が圧倒的に多い。だからこそ自分の求めている情報・知識・意見とは違うものに出会うことができる。それこそが知だ。そうした情報は、考えを深め思考するベースとして大切になってくるだろう。
なぜなら深い情報を得るためには多くの知識が必要になってくるのだ。そのための情報が気づかないうちに読書では得られる。

 

 

また本というのは著者が考え・体験に基づき書いている。自分の人生を通じ誰かに、伝えたいことがあるから必死になって書いてるのである。

だから「本には人類が積み上げてきた叡智がつまっている」といっても過言じゃないと僕は思う。

そこから得られる知恵と体験はものすごい大きいだろう。

「読書と経験」と前述したが、自分の経験から考えられることは限界がある。僕が生きてたこれまでの経験、これからの体験はそう多くはないからだ。

だからこそ、これまでの先人がしてきた体験・経験、そして知恵に頼るのだ。

 

 

以上のように考えるようになってから、僕は読書を大切だと強く思うようになったのだ。

<最後に>

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突然いつもと少し違う感じの記事、慣れない文体で失礼しました。

まずこれまであまりしてこなかった分も僕は本を読んでいきたいと思っています。様々読むと楽しくてしょうがない。そんな日々です(笑)

そんなことを言葉で整理してみたくて、今日は自分の考えを書いてみました。「年収が多い人に読書家が多いとか結果論的ではなくて読書が重要だなと思った。」という事を伝えたくて出来るだけストレートに僕の考えが伝わるように極力、引用や参考文献等を取っ払って書いたのですがいかがでしたか?


また今までは情報として誰かの役に立つように、その母数が多くなるように書いてきました。でもたまには自分の意見を書くようなこういった記事も僕らしさ。”僕のブログである”個性みたいなものがでていいかなと思ってます。これからも書いていきたいと思います。